2018.03.01 Thursday

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    2015.05.29 Friday 10:03

    歴史探訪 その2 生麦事件現場 –龍馬がゆく–

    こんにちは。

    院長です。



    だんだんと暑くなってきましたね。

    トリミングに来る子たちもサマーカットのオーダーをお受けすることが多くなってきました。

    暑そうですもんね (⌒-⌒; )



    当院では獣医師による身体検査、問診の後、トリマーと交代してカットのご希望を伺うようにしています。

    好みや、長さもトリマーに相談いただければ、その子にあったカットもご案内できますので、漠然としたイメージでも大丈夫です!!
    遠慮なくおっしゃってください。




    さて、先日のお休みの日にちょっと体動かしたかったので、また自転車でちょっと行ってみました。


    少し前から司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を読んでいて、これが非常に面白い!

    その中で、「生麦事件」のことも出てきまして、しかも生麦ならそんなに遠くない!と思って現場を確認しに行ってきました。

    (*生麦事件;薩摩藩が東海道を通っているときにイギリス人4名が大名行列の前を横切ったという罪で薩摩藩士に殺傷された事件。
    当時の法で、行列の前を横切るのはご法度でした。この事件が発端となって薩摩vs英国の薩英戦争が起こります)


    小杉から自転車でまったり漕いで1時間くらい。


    ひとまず、予備知識を少しいれようと思ってまずは「生麦事件資料館」を目指しました。


    到着!!(途中の写真はなしです笑)



    が!!!




    閉まっとる。。。


    う〜む。。


    ちスマホをポチポチしてみると数年前に閉館したとのこと。。。

    やっちまった!(*_*)



    てことで、現場にもう向かうことにしました。


    記念碑が建っていましたが本当の現場はここではないらしく、200m位離れたところにありました。


    (記念碑の場所)


    (事件発生現場)



    ふと、

    「あれ?東海道で起こった事件だよな??」

    と思って、地図を見たり、スマホで検索していると、ここが旧東海道になるそうです。


    (記念碑の前の道。 車はほとんど通りませんでした)

    今の東海道は主に国道1号になるのかな?と思いますが、当時はあんなに広いわけでもなかったんだろうと思って妙に納得しました。



    今はただの裏道的な雰囲気でしたけど、そのまま川崎方面に走っていくと、魚屋さんがたくさん並んでいるエリアがあって、昔は商店とかお茶屋さんとかが並んでたのかな、なんて思いを巡らしながら走っていました。


    (この先に魚屋さんエリアがありました)


    旧東海道を辿ってみるのもおもしろそうだと思って、帰り道は川崎駅まで旧東海道と思われる道を辿って帰って来ました。


    (横切る道は国道15号。でも旧東海道は正面の狭い道と思われる)



    (鶴見駅付近。この辺りはわりと広かったです。言われなきゃわかんないですよね)


    本当にここが天下の東海道かって思うほど道は狭かったですけど、辿る過程が宝探しみたいで非常に面白かったです。




    旧道探しはロマンがあっていいですね。

    運動不足解消兼ねて、またやりたいと思います!!


    院長




    続きを読む >>

    2014.11.28 Friday 10:50

    ニケ領用水

    こんにちは。院長です。

    このところは休診日も大学の研修に出かけたりとなにかしらでパタパタとしておりました。
    大学では現在、神経科に所属させていただいており主に症状から疾患の種類、脳神経のどの場所に病変が疑われるかなどを教員の先生とディスカッションしながら勉强させてもらっています。

    僕が大学を卒業した頃は脳外科なんてできないような時代でしたが、このところは技術が発達してきて徐々に手術数が増えてきています。それとともに脳疾患の管理法も進歩してきているので、本では学べないような実体験にもとずくポイントなんかも教えていただけるのでとても勉强になります。でも脳外科はできないんですけど。。。


    そんなこんなでやっと1日時間が作れたので、また自転車に乗ってプラプラしてきました〜

    今回は病院のすぐ前を流れる「二ヶ領用水」を探ってみました。

    この二ヶ領用水、僕が小さいころからずっと家に近くにあったのですが当時は「川」が流れてる程度にしか思ってなくて、少し大きくなってきたら親に農業用水だったことを聞いていた位でした。
    小学生のころはいい遊び場で、友達とザリガニ取りにいったりとかしてましたね。

    最近ふと気になって調べてみると色々おもしろい話しが出てきて、さらに調べたくなってしまいました。

    この二ヶ領用水、作られたというか着工されたのが1597年。江戸時代に入るギリギリ前から始まっていたみたいです。
    小泉次大夫さんという静岡出身の方が徳川家康の命により、この地に灌漑用水を作るようになったそうです。
    今の状況からは信じられませんが、多摩川からこんなに近いのに多摩〜川崎まで水を確保するのが非常に大変だったそうです。
    農業用水はおろか、生活水にも困るような状態だったそうで、その中でのこの工事が始まったようです。

    で、どこからこの二ヶ領用水が始まっているかというと、南武線で行くと中之島あたりになるんでしょうか?
    多摩川の上河原堰という所から取水しているようです。

    行きましたよ〜。生で見てみたいですからね。
    それがこちらです。





    なんにも知らなきゃただの小さい滝みたいな感じですけど、バックストーリーを知ると「おおお〜〜〜。ここかぁ〜〜〜!!」なんて思ってしまいます^^

    そこからずっと府中街道とほぼ併走する形で川崎方面へ流れてきます。
    ずっと川を追いかけてきましたが、途中の紅葉も綺麗でしたし、上流の方も小杉付近と同じように川沿いはいい散歩道になっていました。わんちゃんと散歩してらっしゃるかたも結構多かったですね。



    登戸あたりで府中街道の下を跨いでいたのでこの辺はただ流されてる感がありました。

    その後、藤子不二雄ミュージアムの前を通って、第二の取水口 宿河原堰と合流します。
    宿河原堰の方が、なんかいい雰囲気でした。
    ちょっと広場になっていて、年配の方が休んでいたり、釣りしている方がいたり、学生がトレーニングしてたり。



    このすぐ下流に久地 円筒分水という施設があります。
    僕の通った小学校のすぐ近くなのでよくここでも遊びましたが、当時からこの構造はすごいなあと思ってました。
    動力なんて一切使わず、それでいて各方面にきちんと規定量を分けているなんて!!って。
    今見てもこの装置はすごいと思います。
    ここは春になると桜が咲いてとっても綺麗な場所になりますよ!



    円筒分水から先は大きく4つに水路が分けられていたそうですが、今はほとんどが暗渠化されていてメインの水路以外はあまり目にすることがなくなっているみたいです。
    病院の前の水路はメインの水路の一部なんですね。
    他の水路で、そうなんだ!と思ったのは武蔵新城のあたりを流れる「江川」。江川せせらぎ遊歩道という形で整備されていますが、これは二ヶ領用水の水路の一部だそうです。
    ここも歩いたことがありますが、とっても気持ちのいい道ですね。
    それが二ヶ領用水と知って、また驚きと興奮を覚えました!


    大分長くなってきてしまいました^^;
    最後に病院の裏手にある小杉陣屋町というエリア。
    見るからに歴史がありそうな場所ですが、この陣屋町。。。実はこの二ヶ領用水を作った小泉次大夫さんの基地(=陣屋)があった場所だそうです。
    当時は狛江と小杉陣屋町の2ヶ所にあったようです。
    今は、もう住宅地になっていてわからなそうですけど、しっかりと史跡は残っていて、





    小さいけど、お社がありました!

    患者さんから伺ったんですが、この小泉さんの子孫の方も小杉にお住まいだそうです。

    そういえば、前回気になって追おうとした東京の六郷用水も小泉次大夫さんのお仕事だとか。

    その他、調べていたら溝の口水騒動という結構派手なケンカが江戸時代に起こっていたり、実家の近くの昔の写真が出てきたりと結構おもしろかったです。

    調べるのって、それ自体おもしろいんですけど、何か自分の知っていることと繋がった瞬間が最高に面白いですね!!

    このブログで興味を持たれた方は是非一度調べてみたらどうでしょうか??
    結構楽しいですよ!!^^

    それでは〜〜

    続きを読む >>

    2014.10.15 Wednesday 11:13

    歴史探訪 その1 亀甲山古墳〜六郷用水

    こんにちは。  院長です。
    先日の休診日に、病院からまた自転車でプラプラと自転車散歩をしにいってみました。

    以前に紹介した等々力渓谷に行こうかな〜って思いながら、今回は丸子橋を渡って行ってみようと漕ぎ出しました。

    すると、渡ってすぐ左手に何やらこんもりとした緑を発見!
    気になって行ってみると、なんと古墳でした。亀甲山古墳と、ちいさな古墳群が集まっている場所で、入ってみるとまた都会とは思えない景色が広がっていました。


    「前方後円墳」ってのは、小学校の社会で知ってましたが実際の古墳を見るのは恥ずかしながら初めてでした。
    仁徳天皇陵は存在は知っていましたが、あんなに大きなものじゃないけど前方後円墳て・・・
    (知ってましたか!?仁徳天皇陵は世界最大の墳墓なんですよ!!)

    実際見てみたら、、


    「山」


    でした。

    周囲をぐるっとしてみたんですが、どこが円で、どこが角なのかもよくわからないままこんもりとした山と緑。

    近くで見ると形ってわかならいんだなぁって思いました。



    古墳は公園化されていて、資料館などもありましたので中を見学。
    この土地の歴史を少し学んでみました。
    そのまま公園内を歩いて見ると、緑の向こうに多摩川の流れが伺えました。



    散歩コース沿いにはベンチも置かれていて、多摩川を見ながらお茶しているおじいちゃんや、読書をしている外人さんと憩いの公園になっているようでした。
    とっても気持ちよさそうでしたよ!


    公園を後にして、また漕いでいると六郷用水という昔の(たぶん)農業用水路の跡にぶつかりました。
    これまた気持ちのいい道で、それに沿ってペダルを漕いでいると看板や色んな史跡がありました。



    今はもう役目を終えた水路ですが、昔はこの水路がライフラインだったんだろうなと昔に思いを馳せてみたりしながら辿っていきました。




    ですが、行き当たりばったりの散歩だったんで、保存箇所以外でこの水路はどこを流れているのか追跡できませんでした。。。

    武蔵新田あたりまで水路を探しながらうろうろしていたんですが、終に見つけられず断念。。
    もうちょっとリサーチして、土地の歴史なんかを知ってからこの水路を辿ったらきっと面白いだろうな〜って、この日は終了!


    もうちょっと走りたかったので、多摩川河川敷にでてから気ままにギコギコと漕いで、途中のベンチでぼーっとしながらドリンク飲んだり。
    結局、第一京浜まで行ってしまって、多摩川を渡って今度は川崎側の河川敷をずっと走って小杉まで帰ってきました。


    半日位のサイクリングでしたが、とてもいい気分転換になりました!

    そして六郷用水という史跡がきっかけになって、土地の歴史にとても興味が湧いてきちゃいました!!



    当院は小杉御殿町という所にあるのですが、もう名前から何か歴史があることが推定されますね。
    前から気になって、近くの西明寺さんや中原街道沿いの看板を読みに行ったりもしているんですけど、病院のあるこの土地。
    掘り下げてみたらきっとおもしろいと思うんですよね^^


    今度は小杉の歴史を探しに行ってみようと思ってます!

    院長でした^^)b

    続きを読む >>

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